宇野精一先生逝去――國語問題協議會名誉會長
私も所属してゐる國語問題協議會の名誉會長である宇野精一氏が逝去された。享年九七。冷戦時代の末期、私の大學生時代、今から二十五年ほど前のことであるが、宇野先生は御自身の専門分野から離れ ...

おくやみ:宇野精一氏
東京大学名誉教授、元国語審議会委員 2008年1月7日、 老衰 のため死去 享年 98 歳

「平成」の意味 宇野精一
... [1910-2008] 東京出身の東大名誉教授 宇野精一 「平成」の意味について- 宇野先生も今年1月に亡くなられたなあ・・。 先日、読者のくまさんが「平」のついた元号のといは荒れるってコメントくださいましたけど、そのことを宇野先生が述べているんですね。 ...

宇野精一先生御葬儀について
宇野先生の御葬儀について、協議會より御案内をいただいたので、御知らせします。 通夜 1月11日(金) 午後6時より 告別式 12日(土) 午前11時より 場所 中野 寶仙寺「大姉堂」(地下鐵「中野坂上」 中野區中央二丁目33の3 ...

今日は何の日 12月5日
... [1971年9月13日歿] 1909年 武藏山武(不知火親方[元]) (相撲/横綱(33代)) [1969年3月15日歿] 1910年 宇野精一 (儒教研究者,國語問題協議會名誉会長) [2008年1月7日歿] 1912年 木下恵介 (映画監督『二十四の瞳』『喜びも悲しみも幾歳月』) [1998年12月 ...

宇野 精一(うの せいいち、1910年12月5日 - 2008年1月7日)は、儒教研究者、国語教育評論家。東京大学名誉教授、尚絅大学名誉学長。國語問題協議會名誉会長、湯島聖堂 斯文会理事長。宇野哲人は父。長男宇野茂彦は中国文学者で中央大学教授。
1910年(明治43年)、東京に生まれる。東京大学 東京帝国大学文学部支那哲学支那文学科卒業。東方文化学院東京研究所助手、東京高等師範教授、東京大学助教授を経て教授。同大学名誉教授。儒教思想を中心とする中国古典学の研究を専門とする傍ら、国語教育問題に関する評論活動でも知られる。連合国軍最高司令官総司令部 GHQの主導で行われた戦後の国語改革に一貫して反対する立場をとり、正字・正仮名(戦前の漢字・仮名づかい)の活用を呼びかける。1959年(昭和34年)、小汀利得、福田恆存らとともに國語問題協議會を設立。会長をつとめた。1961年(昭和36年)、国語改革推進派が多数を占め、毎回同じ委員が選出される構造となっていた国語審議会の総会を、舟橋聖一、塩田良平、山岸徳平らとともに退場し、注目を集めた。皇太子(明仁親王)に漢学を度々進講している。
宇野精一の詳細